当店のあゆみ

ブラウンチップ創設者の繁田武之(はんだ たけゆき)は、1970年代半ばから、かねてから興味を持っていたコーヒー豆の生産について知るため、二年半かけて世界中のコーヒー産地を巡りました。
まだ20歳を過ぎたばかりの繁田の一人旅は、コーヒーの源流エチオピアやイエメン、そして名産地としてよく知られるブラジルやジャマイカ、果ては南アメリカ南端にまでもおよびました。
現地で情報を集め、聞きつけたコーヒー農場を手当たり次第に訪れ、それぞれの農場でコーヒー生産の現場を体験しました。

言葉もよく知らないのに農場の仕事を手伝ってコミュニケーションを図る繁田を、各地の農場の人々は快く受け入れてくれたようです。
そのおかげで、この世界旅行のなかで繁田はコーヒー作りの何たるかを身をもって知ったのでした。

そして、その旅の中で出会ったのが、1956年に日本から家族ぐるみでブラジルに入植しコーヒー農場を営んだ下坂さん一家でした。
下坂さん一家は、ブラジル・ミナスジェライス州で入植当時にはその土地では無理だと言われていた有機農法でコーヒー豆を栽培することに成功し、繁田が訪れた当時にはひとつの町ほどもある大きな農場を構え、丹念に作られた良質なコーヒー豆を生産していました。

下坂さんに強い印象を与えた繁田は、その世界旅行から帰国し、志を同じくする関根(現在は福島県いわき市にてブラウンチップを2店舗経営)とともに自家焙煎コーヒー豆の店を始めました。
しかしその当時、コーヒー豆の流通は大手コーヒー商社によって仕切られていて、個人あるいは店が自由にコーヒー豆を輸入し買い入れることは難しかったのです。

偶然に講演のために来日した下坂さんは、繁田のそうした状況を見て取り、シモサカ農場の生豆を繁田の店に直接卸すことを提案してくれました。

繁田は、下坂さんのコーヒーを「カルモシモサカ」と名づけ、店の代表メニューとして焙煎し売り出しました。これは、現在の「トレサビリティコーヒー(追跡可能=生産場所が明確なコーヒー)」のさきがけとなりました。
繁田はその後も仲間たちとともに未知の良質なコーヒーを求める旅を続け、イエメンで探し出した「イブラヒムモカ」などは、当店でも人気のメニューとして親しまれています。

豆処ブラウンチップは、そういうお店です。
私たちが自信をもってお勧めするコーヒー豆を、どうぞお気軽にご注文ください。
お客様のお好みに合う豆・焙煎で、一杯のコーヒーと過ごすひと時をより豊かなものにしていただければ、と願っています。